2012年9月1日土曜日

下本一歩さん

一歩さんと初めて会ったのは
2年前の葉山での高知展の時でした。
その時はあまりお話する機会がありませんでしたが
この春に私が高知で展示会をしたときに、再会することができました。
一歩さんのことを昔から知っているかのような不思議な感覚があって
久しぶりのお酒もあって、ついつい私がしゃべりすぎて
夜遅くまでお酒を飲みながら付き合ってもらいました。ホント優しい方です。
多様な人達がいっぱい集まる高知のterzo tempoの佐野君もいっしょだったのですが、
近いうちにterzo tempoで、てのひらワークスのワークショップをすることまで
一晩のうちに決まって盛り上がりました。

高知でのワークショップのことはまた後日書きますね。

そのワークショップで7月にふたたび高知に訪れた時に
一歩さんの家に泊めてもらいました。
ワークショップも楽しみでしたが
実はこの一歩さんの家が一番楽しみにしていたことでした。

一歩さんは高知の山深い村で暮らしています。
街中から1時間くらい山道を車で走ると小さな村に着きます。
そこに一歩さんが数年かかって建てた手づくりの自宅兼工房があります。
豊かな森に囲まれたその場所は
清流の涼しげな流れや山の鳥の声、森を揺らす風の音に満ちていました。
ここで一歩さんは、
薪を割り、草を刈り、畑を耕し、炭を焼き、匙をかたちづくる。
たった1日の滞在でしたが、
この場所の美しい四季と逞しい人の力を感じられる体験でした。
一歩さんから頂いたこの体験が
私のこれからの生の大きな原動力になって
栃木へ帰ってからもまだ鮮明に生々しく思い出すことができます。

そんな一歩さんから展示会のお葉書を頂きました。
下本一歩展 黄色い鳥器店(東京都国立市)
9月1日~9月9日 会期中無休
 1日~3日は一歩さんが在廊しています。
 2日はterzo tempoのかき氷、
 3日は美味しい日付深田名江さんのお料理をお楽しみいただけます。
 是非、足をお運びください。

先月、一歩さんからメールを頂きました。
そこに書かれていた一節を紹介します。

  僕は自分が何を大事に仕事をしているのか
  まだ言葉にできません。
  たぶん「愛」だと思ってます。

この素直な純粋な心が展示会に訪れた人に伝われば嬉しい。
 

2012年8月23日木曜日

曽田耕さん

先日、曽田耕さんが我が家に遊びに来てくれました。
曽田さんは日本を代表する革を使う作家です。
耕さんと会うといつも話題は子どものことばかり。
3児の先輩パパの言葉にいつも励まされています。そして、
私の先生であるモゲさんとの対談の話や
10年以上の付き合いがある相馬さんとの出会いなどなど。
短い時間でしたが、本当に愉しい時間でした。
会ってお話するだけで元気なってしまう、不思議な力の持っている方です。
会ったことのある方はみな、いま、うなずいているはずです。

曽田耕さんの作品に新しい刻印が押されています。
そのメッセージはさりげなく、そして格好良く作品に添えられています。

nuKes nO more

耕さんがどんな想いでこの靴や鞄をつくったのか考えてしまいます。
デモで叫ぶことではなく、靴や鞄をつくることを選んだのはなぜか。
ストレートに原発反対!と言わず、可愛く手を加えたのはなぜか。
きっと受け取った人への優しい気遣いだろうと私は思いました。

ふざけているようで大真面目で
真剣なようで遊んでいる。
そんな耕さんの仕事でたくさんの人が救われているような気がします。
それが作家の仕事なんだろうなと思う。

耕さんは私たちにきっとまだまだメッセージを隠し持っているような気がします。
それを知りたければ、是非展示会へ足を運んでみてください!

  曽田耕さんの個展(曽田さんのHPから抜粋)
   8/24(金)~9/4 (火) 個展『100 shoes  (さる靴つくるさ)』 
   カロカロハウス(神奈川・茅ケ崎)にて。
   10:00~18:00。水(8/29)木(8/30)は定休日。8/24初日、在廊します。
   しばらくグループ展がつづいていましたが、久しぶりに個展を。
   本業ど真ん中の靴を100足。たっぷり準備期間を設けてのぞみます。
   靴だらけの冊子も製作。絵も。お楽しみ頂けるはずです。

この世界には
靴で世界を幸せにしようと考えている人がいるように
原発で世界を幸せにしようと本気で考えている人がいると思っています。
石油で、株で、禅で、食で、自給自足で
世界を幸せにする方法は人の数だけあって
様々な人が社会を豊かに幸せに導こうとしています。
そのなかの
おそらく一部の人が人々の幸せよりも
自分の幸せ、自分のお金のために原子力を利用しようとしたのです。
その結果、大きな事故が起こりました。
世界中の人が大きな傷を負いました。
その方達に少しでも安らげる場所をつくりたいのです。
傷を癒し、心から笑える日が来るまでには、まだまだ時間が懸かるのです。
だから、それまでしばらくはお休みになってください。

2012年8月21日火曜日

残暑お見舞い



遅くなりましたが
残暑お見舞い申し上げます。

まだまだ暑い日が続くようですので
身体を壊さないように気をつけましょうね。

昨日は庭でサワガニを見つけました。
それだけでちょっと涼しい気持ちになります。

2012年8月18日土曜日

花火


お盆が過ぎても
まだまだ暑い日が続いています。
それでも朝晩は気温が下がり、
山からの涼しい夜風が一日の疲れを癒してくれます。

ドン、ドンと大きな音が近くでするなぁ、と思ったら
窓に映る綺麗な打ち上げ花火。
夜空にひかりの輪が広がって、遅れてドンッと聞こえてきます。
私はその間が好きです。

田舎の小さなお祭りの
派手な告知もない小さな花火大会。
耳をすますと聞こえてくるほどの
お祭りを楽しむ人々の歓声が心の奥に響いて、なんだか良い心地になります。

子どもを授かってから
花火大会はもちろん、夜に出歩くこともなかった私たちですが
今年は家の窓から大きな花火を楽しむことができました。

来年は出かけてみようかな。



2012年8月12日日曜日

うねり


8月11日。スターネット益子で行ったワークショップ。
おうち靴をつくる。

おうちとは
家の内の意味と体の内の意味。

靴をつくることを目的ではなく、
心身をゆすって興すことが目的。
靴のそのなかの一つの手段。

みんな自分のうちと向き合って、気付きがあって
とっても愉しそうでした。

ひとりずつをみんなで観察して
その人の感じていることを想像してみると
身体も心もつられていくんです。
その人が心地悪そうだと、こちらもむずむずして
その人が心地良さそうだと、こちらもすがすがしい。

いつからか
ワークショップは手軽に自己満足を楽しむツールになってしまって
それはたびたび配慮にかけ、自己中心的になりがちでした。
でも、
私のやりたいことはみんなで輪になること。
ただつくる、ただ話す、ただ悩む。
ただの行為も人が集まると、それが相互に動き出して大きなうねりになって、
1+1が2にも3にもなる。それがまた自分に還ってくる。

ひとりじゃできないこと、わからないことだらけです。この世界は。
たまにはお節介をしたり、口を閉じ耳を傾けることも必要なんだと思います。
私の場合、後者の意識を出来る限り持つように心掛けています。
いつも余計な手出し口出ししてしまうんです。
つくづく青いなぁと思います。

2012年8月7日火曜日

グー

今年の夏は
鼻緒のサンダルをつくりました。
自分の履きものをつくるのは久しぶりです。

鼻緒のサンダルは一見とても簡単そうにみえますが
いざつくってみると、なかなかうまくいかないのです。
もちろんすぐにカタチには成りますが、
履き心地が悪くて、なんだか腑に落ちない。
じつはこれを数年繰り返していました。
すっかりつくる気が失せてしまっていたのですが
また火がつく出来事がありました。

昨年の夏に、葉山の子どもたちと一緒につくった鼻緒サンダルワークショップ。
自分でサンダルをつくる楽しさが部屋全体を包んでいる愉しい会でした。
先日、そのワークショップに参加してくれたご家族に会いに行ったのですが
そのお宅まであと少しというところで、
向かう先から女の子が元気良く走ってきます。
誰かはすぐにわかりました。その家族の長女Sちゃん。
そして、履いている一緒につくったサンダルにも。
今年もまた履けるよ!とその黄色いサンダルを見せてくれました。
これには本当に感激しました。本当に胸が震えました。

鼻緒でアスファルトの上さえも軽快に走るSちゃんに刺激を受けて
また自分のサンダルをつくる気になったのです。

鼻緒のサンダルは足をグーにして掴まなきゃなりません。
指をパーのように伸ばすことばかり健康靴は謳うけれど、パーのままでも駄目なんです。
グーからパー、またグー。
掴んで(拡げて)、また掴んで。
足をパーにしてしっかり地面を踏みしめて、
蹴りながらグーにして足をぐっと持ち上げる感じ。

鼻緒サンダルはあのシンプルなカタチのなかに
グーとパーのふたつの状態の足を含んでいて、
歩く動作に一番近い履き物かもしれません。
今後もいろいろと試したいことがあって
靴作りにますますのめり込んでいくのでした。

写真はSちゃんの手づくりサンダル。

2012年8月1日水曜日

ひかり

社会が大きく揺らいでいる。

不安な気持ちがあふれている。

戦争という文字が浮かんでくる。

戦いたくない。傷つけたくない。

下を向いてもいられない。

強い者にかみつかずに、

弱い者に手を差し伸べられるなら

迷いはない。

それなら私にもできる気がする。

国民の暮らしを決めるのは政治家ではない。

私たちの暮らしは私たちで決める。

ひとそれぞれ違ったっていい。

幸せはみんな同じではないこともわかっている。

私には愛する人たちがたくさんいる。

生き方も仕事も、目指す未来も、全然違っても

めでたいことはいっしょに喜び

悲しいことはいっしょに涙する。

矛盾していてもいい。嘘をついてもいい。

きっとひとりではない。ひとりだったら決していまはない。

そうやって私は

この世界とかろうじて繋がってきたんだと思う。

そして、これからも同じことを繰り返す。




愛する妹の結婚を前にそんなことを心から思う。