2012年8月23日木曜日

曽田耕さん

先日、曽田耕さんが我が家に遊びに来てくれました。
曽田さんは日本を代表する革を使う作家です。
耕さんと会うといつも話題は子どものことばかり。
3児の先輩パパの言葉にいつも励まされています。そして、
私の先生であるモゲさんとの対談の話や
10年以上の付き合いがある相馬さんとの出会いなどなど。
短い時間でしたが、本当に愉しい時間でした。
会ってお話するだけで元気なってしまう、不思議な力の持っている方です。
会ったことのある方はみな、いま、うなずいているはずです。

曽田耕さんの作品に新しい刻印が押されています。
そのメッセージはさりげなく、そして格好良く作品に添えられています。

nuKes nO more

耕さんがどんな想いでこの靴や鞄をつくったのか考えてしまいます。
デモで叫ぶことではなく、靴や鞄をつくることを選んだのはなぜか。
ストレートに原発反対!と言わず、可愛く手を加えたのはなぜか。
きっと受け取った人への優しい気遣いだろうと私は思いました。

ふざけているようで大真面目で
真剣なようで遊んでいる。
そんな耕さんの仕事でたくさんの人が救われているような気がします。
それが作家の仕事なんだろうなと思う。

耕さんは私たちにきっとまだまだメッセージを隠し持っているような気がします。
それを知りたければ、是非展示会へ足を運んでみてください!

  曽田耕さんの個展(曽田さんのHPから抜粋)
   8/24(金)~9/4 (火) 個展『100 shoes  (さる靴つくるさ)』 
   カロカロハウス(神奈川・茅ケ崎)にて。
   10:00~18:00。水(8/29)木(8/30)は定休日。8/24初日、在廊します。
   しばらくグループ展がつづいていましたが、久しぶりに個展を。
   本業ど真ん中の靴を100足。たっぷり準備期間を設けてのぞみます。
   靴だらけの冊子も製作。絵も。お楽しみ頂けるはずです。

この世界には
靴で世界を幸せにしようと考えている人がいるように
原発で世界を幸せにしようと本気で考えている人がいると思っています。
石油で、株で、禅で、食で、自給自足で
世界を幸せにする方法は人の数だけあって
様々な人が社会を豊かに幸せに導こうとしています。
そのなかの
おそらく一部の人が人々の幸せよりも
自分の幸せ、自分のお金のために原子力を利用しようとしたのです。
その結果、大きな事故が起こりました。
世界中の人が大きな傷を負いました。
その方達に少しでも安らげる場所をつくりたいのです。
傷を癒し、心から笑える日が来るまでには、まだまだ時間が懸かるのです。
だから、それまでしばらくはお休みになってください。

2012年8月21日火曜日

残暑お見舞い



遅くなりましたが
残暑お見舞い申し上げます。

まだまだ暑い日が続くようですので
身体を壊さないように気をつけましょうね。

昨日は庭でサワガニを見つけました。
それだけでちょっと涼しい気持ちになります。

2012年8月18日土曜日

花火


お盆が過ぎても
まだまだ暑い日が続いています。
それでも朝晩は気温が下がり、
山からの涼しい夜風が一日の疲れを癒してくれます。

ドン、ドンと大きな音が近くでするなぁ、と思ったら
窓に映る綺麗な打ち上げ花火。
夜空にひかりの輪が広がって、遅れてドンッと聞こえてきます。
私はその間が好きです。

田舎の小さなお祭りの
派手な告知もない小さな花火大会。
耳をすますと聞こえてくるほどの
お祭りを楽しむ人々の歓声が心の奥に響いて、なんだか良い心地になります。

子どもを授かってから
花火大会はもちろん、夜に出歩くこともなかった私たちですが
今年は家の窓から大きな花火を楽しむことができました。

来年は出かけてみようかな。



2012年8月12日日曜日

うねり


8月11日。スターネット益子で行ったワークショップ。
おうち靴をつくる。

おうちとは
家の内の意味と体の内の意味。

靴をつくることを目的ではなく、
心身をゆすって興すことが目的。
靴のそのなかの一つの手段。

みんな自分のうちと向き合って、気付きがあって
とっても愉しそうでした。

ひとりずつをみんなで観察して
その人の感じていることを想像してみると
身体も心もつられていくんです。
その人が心地悪そうだと、こちらもむずむずして
その人が心地良さそうだと、こちらもすがすがしい。

いつからか
ワークショップは手軽に自己満足を楽しむツールになってしまって
それはたびたび配慮にかけ、自己中心的になりがちでした。
でも、
私のやりたいことはみんなで輪になること。
ただつくる、ただ話す、ただ悩む。
ただの行為も人が集まると、それが相互に動き出して大きなうねりになって、
1+1が2にも3にもなる。それがまた自分に還ってくる。

ひとりじゃできないこと、わからないことだらけです。この世界は。
たまにはお節介をしたり、口を閉じ耳を傾けることも必要なんだと思います。
私の場合、後者の意識を出来る限り持つように心掛けています。
いつも余計な手出し口出ししてしまうんです。
つくづく青いなぁと思います。

2012年8月7日火曜日

グー

今年の夏は
鼻緒のサンダルをつくりました。
自分の履きものをつくるのは久しぶりです。

鼻緒のサンダルは一見とても簡単そうにみえますが
いざつくってみると、なかなかうまくいかないのです。
もちろんすぐにカタチには成りますが、
履き心地が悪くて、なんだか腑に落ちない。
じつはこれを数年繰り返していました。
すっかりつくる気が失せてしまっていたのですが
また火がつく出来事がありました。

昨年の夏に、葉山の子どもたちと一緒につくった鼻緒サンダルワークショップ。
自分でサンダルをつくる楽しさが部屋全体を包んでいる愉しい会でした。
先日、そのワークショップに参加してくれたご家族に会いに行ったのですが
そのお宅まであと少しというところで、
向かう先から女の子が元気良く走ってきます。
誰かはすぐにわかりました。その家族の長女Sちゃん。
そして、履いている一緒につくったサンダルにも。
今年もまた履けるよ!とその黄色いサンダルを見せてくれました。
これには本当に感激しました。本当に胸が震えました。

鼻緒でアスファルトの上さえも軽快に走るSちゃんに刺激を受けて
また自分のサンダルをつくる気になったのです。

鼻緒のサンダルは足をグーにして掴まなきゃなりません。
指をパーのように伸ばすことばかり健康靴は謳うけれど、パーのままでも駄目なんです。
グーからパー、またグー。
掴んで(拡げて)、また掴んで。
足をパーにしてしっかり地面を踏みしめて、
蹴りながらグーにして足をぐっと持ち上げる感じ。

鼻緒サンダルはあのシンプルなカタチのなかに
グーとパーのふたつの状態の足を含んでいて、
歩く動作に一番近い履き物かもしれません。
今後もいろいろと試したいことがあって
靴作りにますますのめり込んでいくのでした。

写真はSちゃんの手づくりサンダル。

2012年8月1日水曜日

ひかり

社会が大きく揺らいでいる。

不安な気持ちがあふれている。

戦争という文字が浮かんでくる。

戦いたくない。傷つけたくない。

下を向いてもいられない。

強い者にかみつかずに、

弱い者に手を差し伸べられるなら

迷いはない。

それなら私にもできる気がする。

国民の暮らしを決めるのは政治家ではない。

私たちの暮らしは私たちで決める。

ひとそれぞれ違ったっていい。

幸せはみんな同じではないこともわかっている。

私には愛する人たちがたくさんいる。

生き方も仕事も、目指す未来も、全然違っても

めでたいことはいっしょに喜び

悲しいことはいっしょに涙する。

矛盾していてもいい。嘘をついてもいい。

きっとひとりではない。ひとりだったら決していまはない。

そうやって私は

この世界とかろうじて繋がってきたんだと思う。

そして、これからも同じことを繰り返す。




愛する妹の結婚を前にそんなことを心から思う。

2012年7月31日火曜日

大切な時期の靴

学校指定靴が足に合わないために
足を痛めてしまった高校1年生からメールを頂きました。

とても素直で芯のある女の子で
靴がとても大事なモノであることをちゃんと理解していたのだけど、
その足自体はとても健康的な足をしていてなんの問題もないのに
学校の規則のために、その規律を守ろうとしたために
もはやその学校指定靴を履けないほどに、足を痛めてしまったのです。

指定靴や制服を否定するつもりはありませんが、
学校がそれを指定し義務付けるなら
やはりちゃんと足のサイズを測ることが必要だと思います。
靴を買う場所を決め、そこでシューフィッターに靴を選んでもらうこともできるはずです。
ちゃんとしてほしいなぁとつくづく思います。
足に合っていない靴となると、学校生活に支障をきたすことになってしまい
身体の不調、心の不調へと繋がっていきそうです。
歪んだ姿勢では健全な精神も育むこともできないでしょう。

自らオーダーメイドの靴屋を探し、自らの判断でつくり手を決め
詳しい料金もプロフィールも、学校の靴ができるとも書いていない、
不親切で自己満足的な私のところへ
たぶんとても緊張しながらメールを書いてきたんだと、想像します。
彼女の気持ちに応えるには十分すぎるほどのお手紙で、
優しい靴をつくってあげたいなと思いました。
この夏休み中(やく半月で)に仕上げます。
この納期は今までで一番早い。でもそれは必要なことですので、
お待ち頂いている大人の皆さま、ご理解下さいますようお願い致します。

仕事は自分でつくっているつもりでしたが
実はほとんどが他者から頂きものだったりします。
学校の靴をつくれますよ。どうぞいらしてください。と示すより先に
学校の靴をつくってください。そんな仕事はいかがですか。と差し出される。

たぶん世の中には身近なところも含めて
まだまだ潜在している悩みがくすぶっているような気がします。
そんな人にこれからも巡り合えることを願っています。